今日明日はどうでしょう

  • 2016.02.13 Saturday
  • 12:38
スギ花粉はまだまだ本格飛散にいたらず。
でも鼻がムズムズするという患者さんがぼちぼち来院されてます。
当院の計測結果でも2月9日に0.9個2月12日に0.6個とまだまだ微量です。
今日明日は気温が上がるので要注意です。

「ビートルズのあれこれ」
前々回につづきビートルズについてちょこっと

其の2 音響設備とビートルズ
ビートルズが音楽界で台頭したころの音響機器ははっきりいって貧相なものでした。
例えばこの写真を見てください。
クリックすると新しいウィンドウで開きます
明らかにコンサート風景ですよね。

ですが、本来あるべきモニターがありません。モニターはプレーヤーが自分たちの演奏を確認するためのスピーカーです(最近では補聴器のような形で耳に挿入されています)。
モニターがないとみんなの演奏どころか自分の音もわからないことがあります。そして、マイクが少ないですね。
小さなライブハウスではこのセットでも演奏を楽しめますが、大観衆の前だと自分たちが何やってるのか分からなくなります。
ビートルズの場合ファンの歓声はすさまじく、バンドの音がかき消されてしまう状態だったそうです。
言い換えればファンは純粋にビートルズの音楽を楽しむことはできず、ビートルズを見る事しかできなかったと言えます。
そのため、彼らはライブに対する興味が無くなってしまいました。ライブを苦痛にすら感じてたようです。
そして彼らは1966を最後にいわゆるコンサートを中止してしまいました(1969年にアップル社屋上でいわば観客なしのコンサートを行いましたが)。
もし、1960年ころにモニターというシステムがあったら、もっとビートルズはコンサート活動を続けていたかもしれません。言い換えれば活動期間がもっと長かったかもしれません。
1966年以降彼らはスタジオワークつまりはレコード作りに没頭します。彼らのエンジニアリングレベルの高さ特にポールのそれにはエリッククラプトンも驚いたようです。結果ポップス・ロック界の傑作と言われるサージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドが誕生するわけです。ちなみにデビューアルバムは12時間で作り、サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドは半年かけて作ったそうです。
しかし、その後は個々のメンバーが自分のやりたい音を各々が表現するようになりました。結果、ソロ作品の集合体といわれたホワイトアルバムが誕生します。このアルバムも私にとっては芸術作品といえる傑作と思っていますが、結局バンドは全員で演奏してバンドといえるわけでその表現型の一つがコンサートなわけです。
コンサートをしなくなったビートルズが解散に追い込まれた理由はいろいろありますが、音響設備も一つの理由かもしれません。
ちなみにビートルズがスタジオワークに夢中になっているころアメリカでは野外コンサートが盛んにおこなわれるようになって、そのころから音響設備も充実してることが映像でも伺えます。しかし、そのころにはビートルズのメンバー間には修復できない亀裂が生じていたようです。実際、野外コンサートに参加するよう誘われた彼らは辞退して、その代わりにまだ無名だったジミヘンドリックスを推薦したそうです。

 
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